障害者福祉制度(※1)のひとつである「自立訓練(※2)」は、障がいのある人が日常生活や社会生活を自分らしく営むための基礎づくりを支援する仕組みです。就労の前段階だけでなく、生活リズムや家事、対人関係、地域とのつながりまで幅広くカバーします。本稿では制度の狙いと対象、具体的な進め方、事例、課題、今後の動向をやさしく解説します。初めての方にも読みやすい実践的な手引きとしてお役立ていただけるほか、相談先や準備のコツにも触れます。
自立訓練制度の基本と対象者
制度の定義と目的
自立訓練(※2)は、障害者総合支援法(※3)に基づく障害福祉サービス(※4)の一つで、地域で自分らしい生活を営む力を育てることを目的としています。支援内容は「機能訓練(※5)」「生活訓練(※6)」「宿泊型自立訓練(※7)」に分かれており、身体機能の回復・維持から、生活リズムや家事の習得、地域生活への移行準備まで幅広く対応します。食事・入浴・排泄・着替え・金銭管理・調理・買い物・公共交通の利用など、日常生活に必要な動作を練習するほか、対人関係やコミュニケーションの向上も支援対象です。支援は個別支援計画(※8)に基づき、段階的に進められます。
対象者と利用期間
対象は、日常生活や社会参加に困難を抱える障がいのある方です。特別支援学校(※9)を卒業した若者、長期入院後に地域生活を始める方、施設から一人暮らしを目指す方などが含まれます。服薬や金銭管理に不安がある方、対人関係に苦手意識がある方も対象です。利用期間は原則2年間で、必要に応じて最長3年間まで延長可能です。開始時には相談支援専門員(※10)と支援計画を作成し、定期的な振り返りを通じて内容を調整します。訓練後は就労移行支援(※11)や地域生活支援(※12)へとつながります。
制度改正の経緯と現在の特徴
2018年に実施された制度改正によって、障害の種類ごとに利用できるサービスが限定されていた自立訓練(※2)の区分が撤廃されました。これにより、身体障害・知的障害・精神障害のいずれの方も、同じ制度のもとで支援を受けることができるようになり、個々の状況やニーズに合わせた柔軟な支援が実現しています。事業所には定員や職員配置に関する厳格な基準が設けられ、サービスの質が全国的に一定水準以上に保たれるようになりました。厚生労働省は標準的な支援プログラムや評価指標の整備・研究を進めており、全国どこでも均質で質の高いサービスが提供される体制が強化されています。政策面でも「本人中心」の支援への転換が積極的に進められています。
生活力を育てる訓練と進行ステップ
機能訓練・生活訓練の具体内容
機能訓練(※5)では、歩行の安定性や手指の細かな動き、姿勢の保持、バランス感覚の向上など、身体的な機能の回復・維持を目的としたリハビリ支援が行われます。生活訓練(※6)では、食事・排泄・着替えといった基本的な日常生活動作の自立を目指すほか、買い物や調理、公共交通機関の利用、金銭管理など、地域社会で生活するために必要な実践的スキルの習得も支援の対象です。障害の特性を理解しながら、ストレスへの対処法や円滑な人間関係を築くためのコミュニケーション能力を高める心理的支援も含まれます。利用者は専門職による助言を受けながら個々の生活状況に応じた練習を積み重ねることで、安心して地域で暮らすための生活基盤を整えていきます。
評価から地域移行までの流れ
自立訓練(※2)は利用開始時にアセスメント(※12)を行い、利用者の生活能力や現在の生活環境、困りごとや得意なこと、日常生活での課題などを多面的に詳しく評価することから始まります。本人の希望や将来の目標を丁寧に聞き取りながら、個別支援計画(※8)を作成します。計画には段階的な目標が設定され、日常生活の練習や施設内外での体験活動を通じて実践的な力を身につけていきます。定期的に進捗状況を確認し、必要に応じて支援内容や目標を柔軟に見直します。訓練で得た力を地域生活に活かすため、在宅支援(※13)や自立生活援助(※14)などのサービスと連携し、訓練終了後も安心して生活が継続できるよう支援体制を整えます。この一連の流れが自立訓練(※2)の大きな柱です。
地域移行の事例と工夫のポイント
長期入院していた利用者が自立訓練(※2)を通じて身支度や調理など日常生活に必要な基本的な動作を一つひとつ習得し、その後スタッフと共に買い物やバスの利用方法を繰り返し練習することで、地域での生活に対する自信を高めていった事例があります。また、宿泊型自立訓練(※7)を数週間活用し、生活リズムや睡眠習慣を整えたことが、不安の軽減や生活の安定につながったケースも報告されています。自分の障害特性を他者にわかりやすく説明する練習を重ねることで、周囲に必要な配慮を伝える力や自己表現力を高めることができました。こうした段階的な支援と、スタッフが寄り添いながら見守る伴走型のサポートが、地域移行を成功させるための重要な要素です。
課題とこれからの取り組み
運営体制と人材・資源の課題
地域によって人材や資源の格差が大きく、専門職が不足している地域では提供されるサービスの質にばらつきが生じるという課題があります。生活訓練(※6)に必要な作業療法士(※15)や精神保健福祉士(※16)など専門人材が十分に確保されていないため支援の標準化が難しく、利用者のニーズに応じた対応が困難になるケースもあります。施設の立地条件や交通アクセスの違いによって利用のしやすさに差が出るほか、相談窓口の情報が分かりにくいことも利用者の不安要因です。老朽化した建物の使用や夜間支援体制の不備など、安全面での懸念も見逃せません。制度を安定的に運営するためには多職種による連携の強化やICT(※17)の活用、地域間での資源の調整が不可欠です。
本人の意思と多様性に応じる支援
自立訓練(※2)では本人の意思を尊重することが支援の基本方針として重視されています。同じ障害であっても、得意なことや苦手なことは人によって異なり、感覚の過敏さや疲れやすさなど、個々の特性に細やかに配慮する必要があります。年齢や性別、家族構成、育ってきた環境、文化的な価値観なども、生活のスタイルや支援の受け方に大きく影響します。そのため、画一的な支援ではなく複数の選択肢を提示し、本人が自分に合った方法を選べるよう支える姿勢が重要です。情報提供の際には、理解しやすさを重視し、必要に応じて視覚的な資料を活用することが効果的です。小さな成功体験を積み重ねることで自信が育まれ、地域での生活への意欲が高まっていきます。
政策動向と今後の取り組み
厚生労働省では、自立訓練(※2)の質を高めるために、標準的な支援プログラムや評価指標の整備を進め、サービスの内容や成果を「見える化」する取り組みが進められています。今後は、自立生活援助(※14)や地域包括ケア(※18)との連携をさらに強化し、地域の中で継続的に生活できる環境づくりが推進される見込みです。ICT(※17)を活用した訓練の導入やオンラインによる相談支援など、柔軟でアクセスしやすい支援体制の構築も求められています。自治体が相談窓口の体制を整備し、情報提供を充実させることで、支援が必要な人が適切なサービスにつながりやすくなる仕組みの強化が期待されます。こうした取り組みを通じて、持続可能な福祉体制の構築が今後の重要な課題です。
注釈
※1 障害のある人が地域で安心して生活できるよう、生活支援・就労支援・相談支援などを提供する制度全体を指す。
※2 障害者総合支援法に基づく障害福祉サービスの一つで、日常生活や社会生活に必要なスキルを習得し、地域で自立した生活を営む力を育てる支援。
※3 障害のある人の自立と社会参加を目的に、福祉サービスや就労支援、地域生活支援などを包括的に定めた法律。
※4 障害者総合支援法に基づいて提供される、生活介護・就労支援・自立訓練など、障害のある人の生活を支える多様なサービスの総称。
※5 身体機能の回復や維持を目的とし、歩行訓練・手指の動作練習・姿勢保持などを行うリハビリ的支援です。
※6 食事・入浴・排泄・着替えなどの日常生活動作、金銭管理・買い物・公共交通の利用などのスキルを身につけるための支援。
※7 短期間宿泊しながら生活リズムや家事動作、地域での生活体験を積むことで、一人暮らしや地域移行を準備する訓練。
※8 利用者の希望や課題に基づいて作成される支援計画書。
※9 障害のある児童生徒が通う学校で、障害の特性に応じた教育や生活支援を行う。
※10障害者や家族からの相談を受け、生活状況や希望を踏まえて支援計画を作成し、適切なサービス利用を調整する専門職
※11一般就労を目指す障害者に、職業訓練や就労体験、ビジネスマナー習得などを提供する福祉サービスです。
※12障害のある人が地域で生活するために必要な外出支援やコミュニケーション支援、日常生活支援を提供する仕組みです。
※13利用開始時に行う評価のこと。生活能力や環境、困りごとや希望を把握し、支援計画に反映させるために実施されます。
※14自宅での生活を継続するために提供される支援。訪問による生活援助や見守り、助言などが含まれる。
※15訓練を終えて地域で一人暮らしを始めた人に、生活の安定や継続をサポートする訪問型の支援サービス。
※16身体や精神に障害のある人に対して、日常生活動作や社会参加のための訓練を行う国家資格を持つリハビリ専門職。
※17精神障害のある人や家族に対して、生活支援や社会復帰の援助、相談支援を行う国家資格を持つ専門職。
※18 情報通信技術(Information and Communication Technology)の略。福祉分野ではオンライン相談やアプリを活用した支援などに用いられる。
※19高齢者や障害者が住み慣れた地域で医療・介護・生活支援を一体的に受けられる体制のこと。
外部信頼リンク
厚生労働省「障害福祉サービスについて」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/service/naiyou.html
厚生労働省「自立訓練(機能訓練・生活訓練)の報酬・基準」




