就労の場で起きる「つまずき」や「失敗」は、原因を丁寧にほどけば次の成功の設計図になります。 身体障害のある人が力を発揮するには、個人の努力だけでなく、職務設計・評価制度・支援体制の三位一体が欠かせません。本記事は、実務で起きがちな失敗事例を素材に、何がボトルネックになり、どの制度や外部資源で解けるのかを整理します。改善の手掛かりを現場視点でまとめ、再現性のある就労支援のヒントを提案します。
よくあるつまずきの構造
作業設計と配慮の齟齬
配属先での主な失敗は、作業設計が身体特性に合っていないのに、代替手段や補助具の検討が十分でないケースです。たとえば「立位での長時間検査」を前提にしてしまい、座位や作業高さ調整、治具の追加といった選択肢が検討されないと、痛みや疲労が先行して品質や安全が崩れます。合理的配慮(障害特性に応じた調整)は、評価の加点減点ではなく業務遂行の前提です。段差解消、通路幅確保、入力機器や読み上げソフトの導入など、職務の「目的」を守るための手段を複線化することが重要です。合理的配慮の提供義務や考え方は、厚生労働省の指針で示されています。
評価基準の不整合
「件数」「移動距離」「持上げ重量」など、身体機能に左右されやすい活動量だけで評価すると不公平が生じます。成果・品質・安全・改善貢献といった多面的な価値指標に置き換え、測定方法を再設計する必要があります。例えば、検品では「処理件数」だけでなく「不良率」「再作業率」「ヒヤリハット提案数」を組み合わせ、業務の価値を立体的に捉えます。また、評価会議では事例を横串で比較し、甘辛のばらつきを調整します。評価票に「配慮の設計と運用の振り返り」欄を設けると、制度と現場の往復が進み、納得感が高まります。
情報共有と役割期待の曖昧
期首に役割期待・成果物・必要な配慮を紙で明文化しないと、上長交代や配置換えのタイミングで「言った/聞いていない」の齟齬が生じます。期中面談では、体調変動や通院スケジュールも踏まえ、目標と配慮設計の妥当性を定点観測します。現場のコミュニケーションは「観察事実」を軸にし、診断名や私的情報に踏み込まないことが肝要です。リモート勤務を併用する場合は、成果提出の締め切りとレビュー方法、連絡ルール(応答時間の目安など)を先に取り決めておくと、評価と実態がずれにくくなります。
失敗事例から学ぶ実務改善
入社前見学ゼロの配属ミス
ある事務センターでは、入社直後に通勤経路の段差と長距離移動が負担となり、欠勤が続いて短期離職に至りました。原因は、入社前の職場見学と動線確認がなく、配慮の洗い出しが後手に回ったことです。教訓は三つです。①入社前に「入口→席→共用部」の実地確認を行い、机・椅子・機器の高さや通路幅をチェックする、②必要な配慮(通路確保、座位作業、在宅併用など)を文書で合意する、③数日の職場実習や「トライアル雇用」で適応状況を段階的に検証する、の三段構えです。トライアル雇用は相互理解を進める公式の仕組みとして整備されています。
治具未整備で生産性低下
製造現場で、組立工程の台高さが合わず、座位保持が難しい社員の手戻りが増えた例があります。改善の出発点は、作業分解(どの工程が負担かの洗い出し)と治具・セル配置の見直しです。たとえば高さ可変台、固定具、軽量化工具で身体負荷を下げ、評価指標は「不良率」「停止時間」「安全遵守」に置き換えます。導入・定着には職場適応援助者(ジョブコーチ)の伴走が効果的です。ジョブコーチは職場に出向き、支援計画に沿って仕事の教え方やナチュラルサポートへの移行を設計します。
テレワークの孤立と逆評価
在宅中心の配属で、進捗共有が疎になり「見えている成果が少ない」と誤解されることがあります。対策は、①案件ごとの成果定義(成果物の納期・品質基準)、②応答ルール(チャットは○時間以内、重要事項はビデオで確認)、③レビューの定時化(週次レビュー/月次ふりかえり)です。厚生労働省の事例集は、障害者のテレワーク導入・運用の留意点をまとめており、評価指標や労務管理の参考になります。遠隔でも可視化できるKPI(完了率、エラー率、再利用率、社内顧客満足)に重心を移すのがコツです。
制度と外部資源の使い方
合理的配慮と助成の活用
合理的配慮は「できないことを免除する制度」ではなく、「能力発揮のための調整」を事業主が講じる仕組みです。判断の迷いを減らすには、配慮の目的(安全・品質・生産性)を先に明文化し、代替案を複線提示します。例えば、段差解消かルート変更か、昇降デスクか座位工程への再設計か、といった選択肢です。配慮内容を評価の加点減点と結びつけない原則も徹底します。考え方や具体例は、厚生労働省の合理的配慮に関するページと指針PDFが参照になります。
ジョブコーチと支援センター
就労の「定着」を見据えるなら、地域障害者職業センターのジョブコーチ支援と、障害者就業・生活支援センター(通称:なかぽつ)の伴走を組み合わせると効果的です。ジョブコーチは、手順の教え方、道具・環境調整、職場の自然支援への移行を現場で支援します。「なかぽつ」は就業と生活を一体で支え、事業所・医療・福祉との連携窓口になります。見学や実習の調整、配慮設計の助言、フォローアップまでの線が通ります。設置状況や連絡先は最新の公式情報で確認できます。
トライアル雇用でリスク分散
採用の可否を面接一回で決めると、ミスマッチの確率が上がります。実務に近い環境で相互理解を深める「障害者トライアルコース」は、有期で働き方や配慮の妥当性を検証できる仕組みです。短時間から開始し、段階的に時間・責任を増やす設計も可能です。評価は、学習速度、安全手順の遵守、品質・期限、コミュニケーションの型で記録し、本採用後のKPIへ橋渡しします。要件や運用は公式資料に整理されているため、制度と自社の評価票を接続する運用を検討してください。
用語注釈
- 合理的配慮:障害特性に応じて、過重な負担にならない範囲で事業主が行う業務上の調整。段差解消、ツール導入、勤務時間の柔軟化などが含まれます。
- 職場適応援助者(ジョブコーチ):支援計画に基づき、現場で仕事の教え方や環境調整、自然支援への移行を支援する専門人材・制度です。
- 障害者就業・生活支援センター(なかぽつ):就業と生活の一体的支援を地域で提供する公的拠点。関係機関と連携し定着を支援します。
- トライアル雇用:一定期間の試行雇用で適性や配慮の妥当性を見極める制度。本採用への移行を見据えた段階設計に活用します。
外部信頼リンク(公式・公的情報)
厚生労働省|雇用分野における差別禁止・合理的配慮
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/shougaishakoyou/shougaisha_h25/index.html
厚生労働省|職場適応援助者(ジョブコーチ)支援事業
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/shougaishakoyou/06a.html
厚生労働省|障害者トライアルコース・短時間トライアルコース
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/shougai_trial.html
厚生労働省|障害者就業・生活支援センターについて
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_18012.html
障害者テレワーク導入事例集(PDF)
https://www.mhlw.go.jp/content/001203253.pdf
注意事項
※本記事は公的情報および現場事例を基に執筆しており、無断転載を禁止します。特定の団体・個人を批判する意図はありません。




